サントリー レシピッタ -あなたにぴったり、お酒に合うかんたんレシピ-

ニューヨークの最新ビールトレンド・フードペアリングというカルチャーコラム

vol.51

2016年3月24日

■[ ルクサス ]ワインリストのないミシュラン星付きレストラン

今文化の発信地として、マンハッタンを凌ぐ勢いを誇るブルックリン。その一角にあるのが、“ワインリストのないミシュラン星付きレストラン”として人気を集める[ルクサス]だ。


同店は、世界各国150種のクラフトビールを集めたビール専門バー[トースト]の奥にある、26席の隠れ家的レストランである。両店のオーナーシェフ、ダニエル・バーンズ氏は、出身カナダでの修業を経て、2004年から世界に名高いレストラン、英国の<ファットダック>やデンマークの[ノーマ]で調理。その後2009年にNYに渡り、全米屈指のシェフ、デイビッド・チャング氏のレストラン・グループ[モモフク]で、味噌を始めとする発酵食品の研究開発に携わるなど、先駆的な発想で料理に取り組んできた料理人だ。[ルクサス]では、地元産の旬の素材を生かした独創的な各品を提供し、高い評価を得ている。

氏が2013年に[トースト]と[ルクサス]を開いたのは、“ビールマニアが集まるコミュニティ”を作るためだ。氏いわく「ワインはぶどうの種類や土地柄を色濃く反映させた、自然の風味を味わう飲み物。一方ビールはワインより製法や味わいが多彩な上、スパイスやハーブを加えるなどの形で、自然の力以上の個性を加えることができる。そんな柔軟性を持つビールは、自分にとってひと皿の料理と同様、風味を表現する有効なツール。そしてビールと料理のペアリングは、味覚体験をさらに深く楽しいものにしてくれる、理想的な食のスタイルなのです。」


■お客の80%が5種類のビール・ペアリングを注文。

[ルクサス]では、そのペアリング体験をお客に最高に楽しんでもらうため、アラカルトはなく、丁寧に組み立てたテイスティングメニューのみを提供している。内容は8品のつまみ、3品のメイン、1品のデザートという構成で、1人125ドル。5つのビールのペアリングは追加で55ドルだ。単独でのビールの注文もできるが、同店でのディナー体験の醍醐味を求め、お客の80%がビールのペアリングを注文するという。

ペアリングの一例はメインの一品「サンチョーク(菊芋)のロースト」。ほのかな土の香りのする菊芋のローストと、シャキシャキとした食感を持つリゾット風ライ麦の穀粒、なめらかな菊芋のピューレ、さっぱりとした酸味を持つ海藻のピクルスを合わせ、仕上げにかりっと香ばしいライ麦パンのかけらを散らす。食感と味の多面性が印象的な料理だ。

ペアリングのビールは著名俳優の名に掛けた「ライアン・アンド・ザ・ゴスリング」。バーンズ氏と共に[トースト][ルクサス]のビールメニューを構築したデンマーク出身の著名醸造人、イェッペ・ヤーニット・ビエーソ氏が、サウスキャロライナ州で醸造したという低アルコール(4%)のペールエールである。オーツ麦、小麦、はちみつ、柑橘類の皮と果汁、そして「ブレタノマイス」というくせの強い風味を生み出す酵母を使用しているため、キノコや納屋のような個性的な香りを持つ。その「臭み」がサンチョークの土の風味と、そして海藻のピクルスがビールの酸味と、それぞれぴったり調和し、料理とビールが互いの存在を引き立てあう絶妙な組み合わせだ。

バーンズ氏は「ビールはその泡が味覚を常にリフレッシュしてくれるので、ペアリングディナーの流れを組みやすいですね。また通常ワインより低アルコールなので、お客様には最後まで体に負担がかかることなく食事を楽しんでいただけます。その半面、そのライトさゆえに、組み合わせる料理についてはフォラグラなどといった濃厚な素材ではなく、野菜を多く取り入れた、軽めのスタイルの料理を揃えることが多くなっています」と話す。

クラフトビールへの関心は全米で高まる一方だが、[ルクサス]でのようにワイン感覚で料理と合わせる発想は、まだまだ乏しい。「洗練されたスタイルのレストランでワインを一切置かないところは、これまで世界でも例を見ませんでした。開店時には経営上リスクが高すぎるのではと多少躊躇もしましたが、ワインがあるとビールのステータスが脇役になってしまうので、初志を貫きドリンクはビールに限定。その結果、当店はワインリストなしでミシュランの星を得た、世界初のレストランになりました。クラフトビールの魅力を、今後さらに広く伝えていきます」とバーンズ氏は胸を張る。

reported by 片山晶子
ニューヨーク在住ジャーナリスト・コラムニスト。飲食業界に関するトピックを広くカバーする。40万人の聴衆を持つニューヨークのラジオ局「ヘリテージ・レディオ・ネットワーク」における、和食文化の価値を世界に伝える番組「JAPAN EATS!」ホスト兼プロデューサー。米国での和食への理解を深めることを目的とする非営利団体「ニューヨーク・ジャパニーズ・カリナリー・アカデミー」理事。日米飲食ビジネスへのコンサルティングや調査、伝統食品生産者の対米進出の支援活動も展開。米国版「料理の鉄人」審査員。英国London School of Economics & Political Science修士課程、New York University Stern School of Business MBA修了。ワイン&スピリッツ認定資格WSET 上級保有。



▼「サントリー クラフトセレクト」NEWYORK CRAFT BEER REPORT より転載

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